期待値で買うと、かえって成績が下がる
期待値ベットという考え方
競馬でも競艇でも、期待値(EV)という言葉をよく見ます。 ある買い目の的中確率が10%、オッズが15倍なら、期待値は 0.10 × 15 = 1.5。 100円が平均150円になって返ってくる計算です。 これが1.0を超える買い目だけを買えば勝てる——理屈としては正しく、 実際わたしたちも最初はそう考えて仕組みを作りました。
ところがこの理屈には前提があります。手元の確率が正しいことです。 オッズは市場が決めるので動かせません。動かせるのは自分の確率だけで、 そこがずれていれば期待値もそのままずれます。 そしてずれ方には偏りがあります。
実際に測った
2024年以降の3,305レースについて、公式サイトから遡って取得した 確定オッズを使い、「結果を見る前に買い目を決めてから清算する」順序を コードで強制して測りました。各レース4点、1点100円です。
先に断っておきます。ここで使っているのは確定オッズ——つまり 締切後に決まった、本来は買う時点では分からない値です。 遡って取得できるのがこれしか無いためですが、 言い換えると「確定オッズを知っていたら」という、実際にはあり得ない有利な条件で 測っています。後の章で、この差がどれだけ効くかを実測します。
| 買い目の選び方 | 回収率 | 95%区間 |
|---|---|---|
| 確率の高い順に4点 | 88.2% | 77.9〜99.7 |
| 頭を分散させずに4点 | 79.3% | 74.4〜84.3 |
| 期待値の高い順に4点 | 64.2% | 38.4〜95.2 |
| (参考)市場が完全に正しい場合 | 74.8% | — |
期待値で選ぶと64.2%。何も考えずに買った場合の74.8%より 10ポイント低いという結果でした。選ばないほうがましだったわけです。
なぜ壊れるのか
原因は、確率のずれ方が一様ではないことにあります。 わたしたちのモデルは1着の確率についてはよく合っていますが、 それを3連単の120通りに展開する過程で、大穴の確率を市場の約1.8倍に高く見積もる癖があります。
期待値は「確率 × オッズ」です。オッズが400倍の買い目に対して、 モデルが本当は1%のところを2%と見れば、期待値は8.0という途方もない値になります。 つまり期待値の上位は、確率を最も大きく間違えた買い目で埋まる。 「期待値が高い」ことが「確率を見誤っている」ことの目印になってしまうという、 やっかいな構造です。
実際にあった数字:単勝で期待値の最大値が172という買い目がありました。 397倍の艇にモデルが43.3%の勝率を与えていたためです。 上位10件のうち8件が外れました。
見えているオッズは、買えるオッズではない
ここまでは「モデル側の理由」でした。もう一つ、市場側の理由があります。 そしてこちらは、舟券を買っている方なら心当たりがあるはずです。
締切前に見たときは期待値が100%を超えていたのに、 確定してみるとオッズが下がっていた——という経験です。 これは気のせいではなく、向きの決まった現象でした。
締切の約3分前(中央値283秒前)と、締切直前(中央値47秒前)に 同じレースのオッズを取得して突き合わせました。 3,795レース・19,814買い目です。
| 3分前の含意確率 | 件数 | 確定までのオッズ変化 | ばらつき |
|---|---|---|---|
| 1.8%(大穴) | 3,303 | 0.61倍 | 0.72 |
| 4.1% | 3,302 | 0.82倍 | 0.56 |
| 7.0% | 3,302 | 0.94倍 | 0.52 |
| 12.3% | 3,302 | 1.04倍 | 0.48 |
| 25.1% | 3,302 | 1.11倍 | 0.44 |
| 64.7%(本命) | 3,303 | 1.13倍 | 0.27 |
締切間際に大穴が買われ、本命が売られています。 大穴のオッズは平均で0.61倍——つまり4割近く下がって確定します。
具体的にどうなるか。3分前に40倍だった買い目を見つけ、
モデルの確率が3%だったとします。期待値は 0.03 × 40 = 1.20。
100円が120円になる計算です。
ところが確定オッズは平均0.61倍なので、実際に付くのはおよそ24倍。
すると期待値は 0.03 × 24 = 0.74。
「期待値120%」だと思って買ったものが、実際は74%だったことになります。
これは期待値ベットにとって最悪の組み合わせです。 前の章で見たとおり、期待値の上位は大穴で埋まります。 そして大穴こそ、締切までにオッズが最も下がる帯です。 モデル側の癖と市場の動きが、同じ方向に効いて二重に殴ってくる。
逆に、確率の高い順に買う場合は人気側を買うことになるので、 オッズは 1.11〜1.13倍と有利な向きに動きます。 実際、同じ625レースで比べると、締切3分前に買った場合が90.4%、 締切46秒前まで待った場合が81.9%でした。待つほど不利になります。
確定オッズを予測できないか
動きに向きがあるなら、補正すれば「本当の期待値」を計算できるはずです。 実際に試しました。3分前の確率と人気順位から確定オッズを予測する式を、 前半のデータで学習し、後半で評価しています。
| 予測のしかた | 誤差(RMSE・対数) |
|---|---|
| 3分前の値がそのまま確定すると仮定 | 0.579 |
| 人気帯ごとの平均で補正 | 0.533 |
| 確率と順位から回帰で補正 | 0.528 |
誤差は8.7%しか縮みませんでした。残った0.53という値は、 個々の買い目では上下に1.7倍ほどぶれることを意味します。 平均的な偏りは補正できても、目の前の1点がどう動くかは当てられません。 わたしたちはこの補正を「平均の偏りを直す」目的でだけ使い、 個別の買い目の期待値を信じる根拠にはしていません。
そしてここが肝心です。本稿の64.2%という数字は、 確定オッズを最初から知っていた場合の成績です。 実際には、買う時点で分かるのは3分前のオッズだけで、 そこから大穴は0.61倍に下がります。 実戦での期待値ベットは、64.2%よりさらに悪くなります。
切り分けてみる
「期待値そのものが悪い」のか「大穴の期待値だけが悪い」のかを分けて測りました。 方法は簡単で、買う前に分かる情報だけ——つまりオッズや人気順位——で 候補を先に絞ってから、その中で期待値を使います。
3連単の場合
| 絞り方(期待値1.0以上を最大10点) | 回収率 |
|---|---|
| 絞らない(120通りすべてが候補) | 70.7% |
| 人気1〜10番以内から | 81.0% |
| 人気1〜20番以内から | 83.0% |
| 人気1〜30番以内から | 80.0% |
絞らないと70.7%まで壊れ、人気帯で切ると83.0%まで戻りました。 期待値が悪いのではなく、期待値が拾ってくる大穴が悪いことがはっきりします。
券種によっても違う
同じことを7つの券種で測ると、もう一つの構造が見えました。
| 券種 | 期待値で選ぶ | 確率で選ぶ |
|---|---|---|
| 単勝(当てる順位は1つ) | 119.1% | 88.3% |
| 2連複 | 92.1% | 82.3% |
| 2連単 | 90.2% | 81.0% |
| 3連複 | 83.4% | 79.2% |
| 3連単(当てる順位は3つ) | — | 80.0% |
当てなければならない順位が少ない券種ほど、期待値がうまく働きます。 単勝は1着だけを当てればよく、モデルの1着確率をそのまま使えます。 一方3連単は1着の確率を120通りに展開する必要があり、 その過程で本命が潰れ大穴がふくらむ——先ほどの癖がここで出ます。
ただし単勝の119.1%も、そのままでは信用できません。 中身を開けると、先ほどの「397倍に43.3%」のような買い目が数字を作っていました。 オッズ20倍以下に限ると110.4%(95%区間 104.4〜116.7)に落ち着き、 こちらは前半・後半・年ごと・期待値の帯ごとの4通りで確かめても同じ向きに出ます。 それでも「勝てる」とは書きません。 自分が買えばオッズは動きますし、単勝の市場は3連単に比べてはるかに小さいためです。
結論
- 期待値を「買い目を選ぶ基準」には使いません。順位を決めるのは確率です
- 足切りとしても使いません。大穴を切るのは、期待値ではなく人気順位やオッズという「買う前に分かる値」の仕事です
- 締切を待ちません。わたしたちが買うのは人気側なので、 オッズは締切に向けて有利に動きます。3分前に決めて構いません
- この判断は、当サイトが3連単を主戦場にしていることと直結しています。 段階が3つある券種では、期待値は最も壊れやすい形で壊れます
一般には「期待値が高い買い目を狙え」と言われます。 その助言自体は間違っていませんが、成立するには2つの前提が要ります。 自分の確率が信用できることと、見えているオッズで買えることです。 3連単の大穴では、そのどちらも満たされません。
期待値という言葉は強い響きを持っています。 計算式も単純で、数字が1.0を超えていれば正しいことをしている気になれます。 けれど実際には、その1.0を超えさせているのは自分の確率の誤差か、 締切までに消えるオッズのどちらかである場合がほとんどでした。
この検証について
使ったのは公開データだけです。買い目は結果を見る前に決め、 清算には公式の確定払戻金を使っています。回収率には必ず95%信頼区間を添えました。 点推定だけを見ると、存在しない優位を追いかけることになるためです。
限界も書いておきます。回収率の検証には確定オッズを使っています。 公式サイトから遡って取得できるのがこれだけだからです。 実際に買えるのは締切前のオッズなので、 本稿の数字は実戦より有利な条件で測ったものになります。 オッズの動きの章はこの差を埋めるための実測で、 こちらは締切前に2回取得した前向きのデータを使っています。
実際、当初は405レースで「期待値を使うと101.0%」という数字が出ていました。 サンプルを3,305レースまで増やすと64.2%に反転しました。 小さなサンプルで出た好成績が、規模を広げると消える—— この経験はこれまでに何度もあり、そのたびに記録しています。